加納義彦 大阪経済法科大学 科学技術研究所紀要 2003 第8巻第1号

溜池における生態系の維持と環境保全
伝統的な溜池浄化システム"ドビ流し"に代わる太陽電池を利用した水浄化循環システムの溜池生態系に及ぼす効果

加納義彦
清風学園生物科

Preservation of the ecosystem and the environment in the farm ponds
Effect of the alternative cyclical clean-up system in the place of the traditional way of "DOBI-NAGASHI" on the ecosystem of the ponds

Yoshihiko Kanoh
Section of Biology Seifu High School


Abstract
In the Takayasu region in Yao city、 there are about 400 farm ponds in some of which live the Japanese rose bitterling、Rhodeus ocellatus kurumeus、 which are in danger of extinction. For a long time "DOBI-NAGASHI"(washing away sludge) had been harmonizing the cyclical system of the life of the local people. And it had preserved the environment of these ponds、 and had maintained the ecosystem for the rose bitterling to live in as well. However the life style has been changing and people do "DOBI-NAGASHI" no longer. So I tried to develop a new cyclical system concerned with the clean-up utilizing a solar battery and to investigate the effect. As a result、 the number of spawning eggs and the rate of holding eggs in females of the rose bitterling and also the rate of growth of fresh water mussels、Anodonta woodiana、 increased after starting the alternative clean-up system.


1. はじめに
 近い未来の環境問題の1つとして、水環境の保全は世界共通の課題である。とりわけ身近な里山における溜池は、農業用水として利用されているのみならず、重要なタンパク源確保のための淡水魚介類の養殖などに利用され、 生物の多様性を維持する働きをもっているので、環境教育の場としても利用されている1、2)。しかし、高度経済成長に伴って水質汚濁が進行しつつある現在、人と自然が共存してゆくための、溜池の持続可能な有効利用と水環境保全が求められている。
 大阪府の高安山山麓には大小400あまりの溜池が点在し、絶滅が危惧されているコイ科魚類のニッポンバラタナゴRhodeus ocellatus kurumeusが生息している。ニッポンバラタナゴは、琵琶湖淀川水系以西に広く分布していたが、現在では図1に示すように大阪府および四国・九州の一部の水系にしか生息していない3‐6)。 ニッポンバラタナゴはドブガイAnodonta woodianaの鰓腔内へ産卵し、卵や仔魚期をドブガイによって保護される7、8)。ドブガイは、幼生(グロキディウム)時期にヨシノボリRhinogobius sp. ORなどの底生魚の鰭や鰓に寄生することによって繁殖できる9‐11)。従って、ニッポンバラタナゴを保護するためには、産卵母貝となるドブガイやグロキディウムの宿主となるヨシノボリが繁殖できる水環境を保全しなければならない。
 かつて八尾市高安地域の北部では水田および花卉栽培が、南部では水田および造園業が盛んに行われ、溜池は農業用水として利用されていた。そして、溜池の水質および生態系は伝統的な溜池浄化システム("ドビ流し":地元の呼び名)によって維持されてきた12、13)。"ドビ流し"とは、池の底樋を抜き溜まった汚泥を流し田畑に取り込むことで、池の清掃と田畑の土壌改良を同時に行うことである。さらに、雑魚や貝などを秋の食材として利用し池の生態系が維持されてきた。しかし、現在では地場産業の衰退や用水路の三面コンクリート張り工事によって、ほとんどの池の底樋が使えなくなり、水質汚濁が進行した溜池が増えたため、ニッポンバラタナゴやドブガイが繁殖する溜池が激減している11)。そこで、1999年4月に高安地域の住民の協力を得て保護池を造成した。希少種の保護は、その生物が生息する地域住民の理解と活動が重要であり14‐16)、この地域においても環境保全活動を行うニッポンバラタナゴ高安研究会や高安緑の少年団などによってニッポンバラタナゴは保護されている。今回の研究では、ニッポンバラタナゴの保護池において、この伝統的な"ドビ流し"に代わる太陽電池を利用した水浄化循環システムを設置して、ニッポンバラタナゴの繁殖やドブガイの成長に及ぼす影響を調べ、 その効果とともに溜池の水環境を保全する方法を明らかにすることを目的とした。

2. 方法
2-1.保護池の水質変化と植物プランクトン相の変動
 1999年5月2日に、20年前に大雨の土砂で埋もれた池を掘り造成した保護池(12m×12m最大深度0.8m)へ、ニッポンバラタナゴの雄50尾・雌51尾、ヨシノボリ100尾、ドブガイ45個体、その他周囲の池に生息する貝やエビなどを移植し、ニッポンバラタナゴの保護増殖を開始した。 本実験期間は2000年3月26日から2002年の11月8日までとした。 2000年3月26日に保護池の浚渫工事を行い、その日のうちに用水路から水交換を行い満水状態にした。その後、実験期間中は保護池の給水口を閉じ、池を閉鎖系にした状態で、水質や植物プランクトン相の変動とニッポンバラタナゴの繁殖率および成長過程、またドブガイの成長過程がどのように変動するかを調査した。したがって、外部から保護池に流入する水は、雨水と池周辺に降った雨が沁み込んだものだけであり、用水路からはまったく給水しなかった。ただし、ニッポンバラタナゴの保護のために水位が極端に低下した2002年7月11日、および日照り続きで渇水状態になった2002年9月15日以後に給水を行った。
 実験開始から約1年8ヶ月後の2002年1月13日に太陽電池と水中ポンプを利用した水浄化循環システムを設置した。 持続可能なプラントを組む上で、できる限り自然の浄化作用を維持させることに留意し、埋もれる前の池底の粘土層を利用して堆積した土砂を掘っただけの天然ろ過層を考案した。その際、保護池の水量と浄化槽のろ過速度から推定される浄化槽のサイズを2m×8m×0.5mとし、太陽電池の容量とポンプの消費電力、浄化のためのポンプとエアレーションの作動時間などを総合的に考慮し、太陽電池(1.5kWhr)を利用して水中ポンプで日の出6時間後に1時間だけ水(6t)を浄化槽にくみ上げるように設定した。さらに、日没4時間後から夜明けまで6時間のエアレーションを行った(図2)
 2000年4月から2002年11月8日まで定期的に水温、水位、pHを測定し、プランクトンネットで植物プランクトンを採集した。保護池の水深は最大で80cmしかないので、水温とpHの測定は、水面から20cm付近の1定点だけ行った。植物プランクトンは直径25cmのプランクトンネットを2m曳くことによって採集し、採集ビンに70%のエタノールを同量加え固定した。プランクトンの観察は実験室でカウント用プレパラート(10mm×10mm×0.4mm)を用いて行い、植物プランクトンの属名と個体数を測定し、珪藻と緑藻および藍藻との組成比を求めた。水質調査は、2000年3月26日、2000年10月15日、2001年3月13日、7月13日、2002年1月31日、4月1日、8月25日、9月13日、14日および2002年11月8日に水温とpH およびCOD(化学的酸素要求量)を測定した。 pHはHORIBA  pH meter B21を用いた。また、 CODは簡易WAK型テストによって行った。

2-2. ニッポンバラタナゴの個体数推定と雌の産卵数と卵保有率
 ニッポンバラタナゴは、 定期的にトラップ(モンドリ)で採集し、体長と体高を測定した。雌の妊卵率を求めるため産卵管の長さを測定し、 卵保有の有無は軽く腹部を抑えることで判定した。また、ニッポンバラタナゴの産卵数はドブガイを開口器で軽く開き、産み込まれた卵数を数えることで求めた。ニッポンバラタナゴの個体数の推定は Peterson の標識再捕法によって2000年10月と2001年10月に行った。標識は尾鰭の上部を一部切断する方法をとった8)。

2-3. ドブガイの個体数推定と成長速度
 ドブガイは、1999年5月2日に45個体をマーカーによって個体識別して移植したものである。その後、2002年11月まで定期的にドブガイを採集し、殻長、殻高、殻幅を測定した。新しく採集された稚貝には個体識別のための番号をつけてから池にもどした。ドブガイの殻長成長曲線は採集した個体を各年生まれ(年級群)に分け、各年級群の個体の平均値と標準偏差(sd)で表した。実験期間中のドブガイの平均成長速度は、1999年級群および2000年級群の個体について、ドブガイの殻長、殻高、殻幅の比から相対的な容積を求めて1日あたりの相対的な成長速度で示した。相対的な容積を求めるために、殻長のサイズに対する形状変化を示すパラメーター(α)は殻長(x)との間に有意な相関(α= 0.137Ln(x)-0.278 r2=0.994、p<0.001)を示すので、殻長から相対的な容積を推定した。

3. 結果
3-1.保護池の水温と水位とpH
 水温のピークは各年ともに7月の下旬から8月の上旬にかけてで、最大32℃〜35℃まで上昇した。一方、最低温度のピークは1月下旬から2月上旬にかけてで、5℃前後であった。ニッポンバラタナゴの繁殖期である4月から6月までの水温は14〜30℃まで変動した(図3-A)
 保護池におけるpHは水温とともに上昇し、一日の間においてpH6.5〜 pH9.5付近まで変動した。2002年の渇水状態になった日中には最大pH10.3まで上昇した。2001年の夏季7月から8月のpHは他の年と比較してやや酸性に偏っていた(2000年7月から8月の平均pH9.2±0.6 n=8、 2001年の平均pH8.0±0.9 n=6、 2002年の平均pH9.1±0.8 n=11、t-test: 2000年と2001年の間 t=2.874、 df=12、 p<0.05、2001年と2002年の間 t=3.118、 、 df=15、 p<0.05 ;図3-B)。
 水位の低下は、2000年と2001年には8月上旬に最大−30cmまでであった。しかし、2002年は7月の下旬からほとんど雨が降らず、用水路にもまったく水が流れず、2002年の9月15日には−70cmまで低下し、ほとんど渇水状態になった。そこでドブガイとニッポンバラタナゴの一部を他の池へ一時避難させたが、多くはサギに捕食された(図3-C)

3-2. 水質と植物プランクトン相の変動
 水質と植物プランクトン相については、浚渫し水交換を行った2000年3月26日ではCODが0〜5ppmで、その後2001年3月までの一年間はCODが比較的低く(5〜10ppm)、一年を通じてヒメマルケイソウCyclotella meneghinianaとハリケイソウSynedra acusなどの珪藻類が優占していた。しかし、水交換をまったく行わなかった2001年では4月まで珪藻のヒメマルケイソウCyclotella meneghinianaが優占していたが、6月10日には緑藻のDietyosphaerium sp.が優占種となり、7月13日には水温がほぼ30℃を超えピークに達し、CODが20〜50 ppmで富栄養状態になった。その後、優占種は8月から11月までにAphanocapsa sp.Chroococcus sp.の藍藻に遷移していった表1(図4)
 次に、浄化システムを設置した2002年1月13日から4月まではCODが0〜5ppmで、珪藻のハリケイソウSynedra acus、ホシガタケイソウAsterionella sp.、ニッチアNitzschia spp.、ヒメマルケイソウCyclotella meneghinianaが優占していたが、水温が上がるにしたがって緑藻のヒザリオMougeotia sp.や藍藻のアナベナAnabaena sp.が増加しはじめた。しかし、2001年の場合と異なり藍藻が優占することはなかった。2002年の夏期は晴れ続きで水位低下のため7月11日に給水を行った。その直後に珪藻のニッチアNitzschia spp.が急増し優占したが、8月に入りさらに水位の低下は続き、9月にはほぼ渇水状態になり植物プランクトンは減少した。2002年の9月15日に渇水状態の池のヘドロを浚渫すると、湧き水が溜まりだし、水質は直ぐに透明になった。その後雨天の日が多くなり、保護池に水が溜まりだすと珪藻類のフナガタケイソウNavicula sp.が爆発的に繁殖しはじめた。

3-3.ニッポンバラタナゴの雌の産卵管長と卵の保有率
 水質が悪化した2001年では、4月22日に採集したニッポンバラタナゴ雌の平均体長は36.7±4.2mm(±sd n=57)であり、平均産卵管長は16.5±12.3mm(±sd n=57)、 卵保有率は9%(n=57)であった(図5)。 5月6日では34.1±4.1mm(±sd n=100)と13.1±6.7mm(±sd n=100)であり、卵保有率は3%(n=100)であった。また、5月11日では35.5±4.2mm(±sd n=25)と16.8±9.7mm(±sd n=25)であり、卵保有率は4%(n=25)であった。6月10日では32.7±3.8mm(±sd n=47)と8.3±6.7mm(±sd n=47)であり、卵の保有率は4%(n=47)であった。2001年6月10日の平均産卵管長は5月11日より有意に短く(t-test; t=2.346、 df=70、p<0.05)、繁殖期の終わりを迎えていた(図5)
 水浄化循環システムを作動した2002年には、4月21日の平均体長と平均産卵管長は36.3±1.7mm(±sd n=54)、 17.6±10.7mm(±sd n=54)であり、卵の保有率は22%(n=54)であった。5月19日では35.7±1.7mm(±sd n=24)17.3±12mm(±sd n=24)であり、卵の保有率は29%(n=24)まで増加した。そして2002年の産卵は7月21日まで持続していた(卵保有率4%、n=83; 図5)。
 富栄養化が進行した2001年と水浄化を行った2002年の平均体長と産卵管長を比較するとあまり差はなかったが、卵保有率は2002年の方が2001年より有意に高かった(Fisher's exact probability test; 2001年4月22日と2002年4月21日の間、 p=0.0383、 2001年5月6日と2002年5月19日の間、 p=0.00154)。

3-4. ニッポンバラタナゴの産卵数
 ドブガイに産卵されたニッポンバラタナゴの卵数については、実験初年度の繁殖最盛期である2000年6月18日には、大型ドブガイ内の卵数は57.8±43.7卵(±sd n=5)であった(図6)。しかし、水質が悪化した2001年の繁殖最盛期である5月6日において、小型(1+;一度冬季を越した個体)のドブガイでは11.8±15.8卵(±sd n=21)で、大型(2+)のドブガイでも17.6±14.4卵(±sd n=91)と極端に低下した。しかし、水浄化循環システムを作動した2002年の繁殖最盛期である5月19日において、小型(1+)のドブガイに平均33.8±17.1卵(±sd n=22)が産卵され、大型(2+)のドブガイでは77.5±24.9卵(±sd n=6)までタナゴの卵数は増加していた(図6)
 各年の繁殖最盛期における貝内の産卵数は、水浄化を行った2002年は水質が悪化した2001年より有意に多く、 実験初年度の2000年と比較しても少なくはなかった (2002年と2001年の間のMann-Whitney U-test; U=15.5、 Z=3.860、 df=96、p<0.001、 2002年と2000年の間のMann-Whitney U-test; U=12、 df=9、 p=0.331)。

3-5. ニッポンバラタナゴの個体数と体長分布
 1999年5月に101尾を移植したニッポンバラタナゴの個体数は、2000年10月には約6000尾(体長25mm以上の個体について)まで増加したが、水質が悪化した2001年10月には約5000尾まで減少した。浄化システムを作動した2002年では産卵数と稚魚の発生率は増加したが、8月・9月の渇水によって、ほとんどの成魚はサギに捕食され稚魚も死亡した。この間にニッポンバラタナゴ1000尾を採集し、他の池へ一時避難させたが、9月15日に行った保護池の浚渫時に生息していたのは、ニッポンバラタナゴの稚魚が約50尾だけであった。
 ニッポンバラタナゴの体長分布(図7)はモンドリトラップで採集したので、体長25mm以上の個体のみの分布を示す。2000年10月22日には、雌雄共に個体群のピークが減少した。この減少は、その年生まれの2000年級群の一部が成長し、分布しはじめたためである。2001年の3月25日には、1999年級群と2000年級群の個体が重複した一つの山をつくり、雄は体長32mmをピークに、雌は体長30mmをピークにしてその前後に集団を形成している。しかし、2001年9月30日にはその年生まれの2001年級群の個体はほとんど分布していなかった。その状態が2002年7月21日まで続き2001年級群はほとんど分布することはなかった。また2002年級群の個体も、まだモンドリに入るサイズにまで成長していないので7月21日の体長分布には出現しなかった。

3-6.各年級群のドブガイの成長過程と成長速度
 図8-Aは移植した親貝と1999年級群、2000年級群、2001年級群および2002年級群の稚貝の成長を示す。1999年級群の稚貝は7月29日にはじめて3個体発見された。殻長は27.4mm、29.1mm、8.8mmであった。1999年級群の稚貝(0+)に関するその後の平均殻長は、1999年8月29日では 33±5mm(sd、 n=91)、2000年3月26日では 55±4mm (sd、 n=185)、2001年3月25日では 69.6±6.1mm (sd、 n=45)、2002年4月21日では 75.59±5.38mm (sd、 n=33)であり、合計271個体識別した。2000年級群の稚貝(0+)は、2000年6月18日に6個体発見され、平均殻長は7±2mm (sd、 n=6)であったが、7月20日には23±5mm (sd、 n=77)、10月22日には43±6mm (sd、 n=13)まで成長していた。そして、2001年3月25日には 52±5mm (sd、 n=25)、2002年4月21日には 65±3.1mm (sd、 n=8)まで成長し、合計111個体識別した。2001年級群の個体は7個体しか発見されず、その後の成長を追うことができたのは1個体だけであった。2002年級群の個体は7月5日に3個体と7月20日に2個体を発見したが、保護池が8月に入って渇水状態になってしまったのでその後の発見はなかった。
 1999年級群と2000年級群の個体について1日あたりの貝容積の成長速度を示した(図8-B)。1999年級群の0+(生まれた年度)の個体は、1999年の10月から2001年の5月までは、春期と秋期に成長速度が増加し、夏期と冬期にはほとんど成長しなかった。2000年級群の0+の個体も同様に、2000年の8月から10月にかけてよく成長したが、冬期には成長速度は低下し、翌年(2001年)の春4月に急激に成長速度が増した。水質の富栄養化が進行した2001年の秋期には、1999年級群と2000年級群共にほとんど成長が見られなかった。しかし、水浄化循環システムを作動した2002年には春期と秋期に再び成長速度を増した。

4. 考察
4-1.水浄化循環システムの溜池生態系に及ぼす効果
 ニッポンバラタナゴについては、実験開始時の2000年の春期には活発に繁殖行動が見られ、貝内の産卵数は多く確認できたが、実験開始2年目の2001年の春期には雌の産卵数は有意に少なくなり、卵保有率の3〜9%に留まった。また、繁殖期間も4月中旬から6月中旬と推定され、2000年よりも1ヶ月短くなっていた(図56)。一般に、ニッポンバラタナゴの雌は産卵周期をもち、6日〜9日に1度のペースで2〜3日間産卵場に現れ産卵する17、18)。したがって、雌の約30%が卵を保有し産卵に参加することになる。他の溜池においても健全な生態系が維持されていると、バラタナゴ雌の卵保有率は約30%を維持しているようである19、20)。また、ニッポンバラタナゴの体長分布から2001年級群が2002年にほとんど現れなかったことは、2001年の繁殖成長が抑制されていたからと考えられる。一方、ドブガイについても、2000年には春期と秋期に成長速度が増したが、2001年の夏期からほとんど成長しなくなり、2002年の春期を迎えている。
 ニッポンバラタナゴの繁殖率とドブガイ成長速度の低下の主な要因は、2001年の水質の富栄養化に伴う植物プランクトン組成の変動にあると考えられる1、21、22)。実験開始1年目は1年を通してCODが低く珪藻類が優占していたが、2年目の夏期から優占種は珪藻類から緑藻類へ、さらにCODが増加し富栄養化が進行すると藍藻類に遷移した。緑藻や藍藻が優占するとドブガイの成長は妨げられる22)。アオコなどの藍藻類は生物に対する毒性を示すことが報告されている23) また、溜池の表層が藍藻に覆われると、表層の溶存酸素量(DO)は極端に増すが、底層のDOは極端に低下し、0%になることも報告されている24)。以上のことから、ニッポンバラタナゴの雌の産卵数や卵保有率が低下した直接の原因は明確ではないが、水質の汚濁が間接的に影響したものと考えられる。
 2002年1月13に水浄化循環システムを作動させた結果、2002年の繁殖期ではニッポンバラタナゴ雌の産卵数と卵保有率(約30%)は回復し、2001年よりも有意に高くなった(図56)。さらに産卵数については、1貝あたりの産卵数は2000年と有意差はなかったが、池全体における大型のドブガイの個体数は2000年より増加しているので、実験開始時の2000年の状態よりも総合的に多くなったと考えられる。したがって、ニッポンバラタナゴの繁殖は水浄化循環システムの効果によって促進されたと考えられる。また、ドブガイの成長に関しても、水浄化循環システムを作動させた2002年の春期に成長速度が回復した(図8)
 このようなニッポンバラタナゴの繁殖およびドブガイの成長速度に関する回復・促進の主な要因は、水質浄化によるCODの減少とニッポンバラタナゴやドブガイの主食となる植物プランクトンの変動によるものであると考えられる。ニッポンバラタナゴは成長初期にはワムシなどの動物プランクトンを摂餌するが、15mm以上に成長すると植物プランクトンに主食を変えていく10)。一方ドブガイも珪藻を主にして植物プランクトンを摂餌するようである11、22)。
 図9は保護池における植物プランクトンの組成の変遷とドブガイの成長速度を比較したものである。 水質が悪化した2001年の夏期から秋期にかけて珪藻はわずかに増加しているが、緑藻や藍藻が増加し優占するときには、ドブガイの成長速度は抑制される可能性があることが示唆された。しかし、2002年に浄化システムを設置することで珪藻量が増加し、それに同調してドブガイの成長速度も増加したと考えられる。
 繁殖率や成長速度が回復した他の要因として、エアレーション効果が考えられる。今回の実験では溶存酸素量(DO)の変化を定期的に測定しなかったために、エアレーションの効果を明らかにすることができなかった。 図10は2003年の夏期に補助実験としてエアレーションを停止して、保護池の表層と底層の水温とDOを測定した結果である。表層は夜明けから日中にかけて、水温の増加に伴ってDOが増加し、真昼を越えるとDOは100%を越え過飽和の状態になるが、底層ではDOは明け方に10〜20%まで低下し、日中に最大で50%程度しか上がらないことが明らかになった。そこで、エアレーションを作動すると、DOは70〜80%まで増加した。この結果は、ニッポンバラタナゴの繁殖やドブガイの成長に対するエアレーション効果が顕われた可能性を示唆する。
 水浄化循環システムのニッポンバラタナゴの繁殖やドブガイの成長に及ぼす効果はある程度明確にはなったが、本実験中に保護池において渇水状態が続き、結果的には、水浄化循環システムだけでは対処できないことが明らかになった。里山の水環境を考えるにあたって、一つの閉鎖系である溜池だけでは本質的な水循環は達成することができないことも明らかになり、先人の知恵である伝統的な水循環システムである"ドビ流し"の重要性を改めて実感させられた。

5. 謝辞
 この研究に先立って、ニッポンバラタナゴの保護池の造成を積極的に行っていただいた葭仲俊幸さん、竹本芳隆さんを代表とするニッポンバラタナゴ高安研究会の皆様方に心から感謝する。また、調査に常に参加協力していただいた清風高校生物部の学生、およびOBの新子純胤、高橋芳明、河野丈斗志、木村信一朗の皆様方に心から感謝する。この研究は2000年度日本自然保護協会、および2001年度トヨタ財団の助成によってなされたものである。

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