Reproductive behavioral ecology in male rose bitterlings :  territorial, sneaking and grouping tactic
(バラタナゴ雄の繁殖行動生態:ナワバリ雄、スニーキング、グループ戦術)

京都大学 理学博士 学位論文(1997) 加納義彦

主論文要約

 トゲウオのジグザグダンスなどの興味深い繁殖行動は、種に固有なステレオタイプの行動であるとみなされてきたが、過去20年間に同種内の雄間においてもスニーキングやメス擬態などの多様な代替行動が次々と発見され、ゲーム理論を用いた繁殖戦略的な理解が示されてきた。しかし、代替戦術の繁殖成功度を厳密な受精成功度から求めた研究はほとんどなされていない。また、ほとんどの代替的な戦術は条件付戦略において出現することが最近の研究で明らかにされているが、条件付戦略の性質を詳細に調べた研究も数少ない。本研究では、バラタナゴの雄に関する代替繁殖戦術の成功度を異なる3つのレベルで比較し、厳密な繁殖成功度からバラタナゴの繁殖戦略について検討した。
 主論文1では、野外において、個体識別法を用いて各個体の産卵行動を1繁殖シーズン観察した。その結果、雄の繁殖戦術は相対的な体長差や社会的な状況によって決定され、同一個体が明らかに複数の戦術を採用するので遺伝的に単型 (monomorphic) であった。また、各戦術の1産卵あたりの平均成功度は、ナワバリ雄(0.61)、スニーキング(0.31)およびグループ戦術(0.11)と推定された。各戦術の平均産卵成功度は等しくないが、スイッチポイントである体長ほぼ36mmの個体においてはどちらの戦術を用いても等しい成功度が推定された。従ってバラタナゴの繁殖戦略は条件付戦略であると考えられた。しかし二枚貝に産卵するバラタナゴにおいては、体外受精魚でありながら雌の産卵前に雄の放精が観察され、その産卵前放精を小型のスニーカー雄が頻繁に行うので、スニーキング戦術の受精成功度はより高くなると予測された。
 主論文2では、スニーカー雄の産卵前放精のタイミングを野外で観察し、アイソザイム分析を用いた水槽実験によってその有効性を調べた。その結果、体外受精魚において初めて産卵前放精が卵を有効に受精することが明かになり、少なくとも産卵前1分以内のスニーカー雄の放精は産卵後の放精よりも効果的に貝内の卵を受精することがわかった。また、スニーキング戦術の成功度に関して、負のサイズ依存的な有利性がみられた。
 主論文3では、アイソザイム分析を用いて、野外においてスニーカー雄の子供を判定すると共に、水槽実験によって雄個体群密度に伴う各戦術の受精成功度を求めた。その結果、野外においてもスニーカー雄の産卵前放精は有効であり、また、1対1の対戦ではナワバリ雄の受精成功度の方が高いが、雄3尾になると1尾あたりの成功度は等しくなり、ナワバリ雄に対するスニーカー雄の成功度は雄密度に対して正の相関を示した。そこで、スニーキングの負のサイズ依存性を考慮するとき、それぞれの戦術の1産卵あたりの平均受精成功度は、ナワバリ雄(0.58)、中型雄のタイプ1スニーキング(0.22)、小型雄のタイプ2スニーキング(0.52)およびグループ戦術(0.11)と推定された。さらに、個体識別した30尾の雄の体長と繁殖成功度との間で有意な順位相関はなかった。
 以上のように、バラタナゴ雄の代替戦術は条件付戦略にもかかわらず、各個体間にサイズ依存的な成功度がみられなかったのは、サイズ依存的選択と密度依存的選択の相互作用がみられたためと考えられる。すなわち、局所における雄の密度がほぼ3.0のとき、それぞれの戦術の平均成功度が等しくなり、条件付きの進化的安定状態(conditional ESSt) が生じたと考えられる。